タイトル:DEAR MILI (日本語版タイトル:ミリー 天使にであった女の子のお話)
文:Wilhelm Grimm
絵:Maurice Sendak
原作出版国:USA
初版年月日:1988年
購入できる絵本の種類:ハードカバー/ペーパーバック →ショップで商品を確認

あらすじ

村はずれの家に一人の未亡人が小さな娘と暮らしていました。戦争がおこり、戦火が迫るなか、未亡人は娘を一人、森の奥へと逃がします。森の中で娘は老人と出会い、あたたかいもてなしを受けます。三日間が過ぎ、老人は娘に一輪のバラのつぼみを差し出して言いました。君はお母さんのところへ帰らなければいけない。このバラが咲いたとき、私たちは再び出会うことになるでしょう――

レビュー

150年の時を経て発見されたグリム童話
この作品はかの有名なグリム兄弟の弟、ウィルヘルム・グリムにより書かれた童話です。特筆すべきは、1816年に作られた作品でありながら、近年まで世の中に知られることなくうずもれており、1983年9月に「発見」されて世に出た異色の作品だということです。私が所有しているペーパーバックの背表紙には、その経緯が詳しく記されています。

そしてもうひとつ。背表紙の解説によれば、この絵本は同時にモーリス・センダックの出世作でもある、ということです。そうです、この絵本の絵は、“Where the Wild Things Are(かいじゅうたちのいるところ)”で有名なセンダックにより描かれたものです。けれどもその印象を持っている方は、この絵本を読んで、「え? これがセンダックの絵?」という感想を持つかも知れません。私たちが慣れ親しんでいる氏の絵とは、それほどまでに絵柄が違うのです。

この絵本におけるセンダックの絵は「宗教画」です。もちろん私見に過ぎませんが、私はどうしてもそう感じてしまいます。おごそかで、格調高く、どこかに薄気味の悪ささえ感じる絵です。作品成立の経緯にも理由があると思うのですが、この作品の物語はたぶんに宗教的で、あやしさに近い不思議さをはらんだ内容です。センダックの絵は、そんな物語の内容を実に色濃く反映しています。この童話にとって、オンリーワンの絵と言っていいかも知れません。

どこまでも不思議で、どこまでも悲しいおとぎ話
この作品についてまず言いたいのは、とても不思議な物語だということです。不思議というよりあやしく、もっと言えば不気味とさえ感じる方もいると思います。少なくとも私はそう感じました。正直、はじめて読んだときは読み進めるのが怖くなったほどです。同世代の方であれば、一世を風靡した「本当は怖いグリム童話」を覚えている方も多いと思いますが、私にとってこの作品は「本当は怖いグリム童話」そのものです。

森の奥で出会った白髭の老人――これはキリスト教の聖人である聖ヨセフであることが作中で明らかにされます。そして彼の家の庭で遊ぶ、少女とそっくりのもう一人の少女……何の脈絡もなく最初からそこにいたかのように描かれるこの少女が、物語ではひとつの鍵をにぎります。おちついた筆致で淡々と進む物語に、宗教画じみたセンダックの絵が重なることで、そこに一種の神秘的な世界が形づくられています。作品を貫いているのが、この神秘的な世界観です。

その不思議な物語は、最後に悲しい悲しい結末を迎えます。どこまでも不思議な物語のまま、どこまでも悲しいゴールにたどりつきます。それについて、ここでは多くを語りません。ですが、どこかで見たことがあるようなありきたりなゴールでないことだけは確かです。そのあたりはぜひ、皆さんが作品を手にとって、実際に読んで確かめてほしいと思います。

タイトルに秘められたグリムの深い愛
この作品のタイトル“DEAR MILI”ですが、正しくは作品のタイトルではありません。この作品は母親を亡くしたMiliという少女のためにグリムが書き下ろしたもので、手紙に添えられてその少女に贈られたものです。この絵本の最初のページには、その手紙と思われる文章があります。“DEAR MILI”はその書き出しの一文で、それがそのままこの無名の作品のタイトルとなったのでしょう。

ただ、そんな作品成立の経緯をひもとけば、このあまりにも悲しい物語の理由が見えてくるように思います。悲しみの淵にいる人に、明るい話を語ってきかせても励ますことにはならないというのはよく言われることです。悲しみにうちひしがれている人には、逆に悲しい話の方が心に届き、励ましになるとも。母親を亡くした少女の悲しみの深さは、どれほどのものでしょうか。その悲しみの深さを知ればこそ、グリムはこのどこまでも悲しい物語を、少女のために書いたのだと思います。

そして、ここでは作品のラストについて語りませんが、それは決して悲しいだけの終わり方ではありません。どこまでも悲しく、けれどもそのなかに胸をしめつけられるような母子の深い情愛が浮かびあがる、とても印象的な終章です。この終章に、母親を亡くした少女に対するグリムの深い愛情をみるのは、きっと私だけではないと思います。

Dear Mili

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